私は宿に戻ると、三通の手紙を書いた。一通はリザに宛てた手紙、一通はドゥエルに宛てた手紙、そしてもう一通は、御者のヴィロンスキーに宛てた物だった。手紙を書き終えると、私はアーニャに言った。
「アーニャ、私はここに来てからずっと、お前に隠し続けて来たことがある。今夜、お前にそのことを話すことにした……」
「何なの? お互い今さら、隠すことも何も有ったもんじゃないわ! それでも何か、このあたいに隠していることでも有るっていうの?」
そう言うとアーニャは、最後の金で手に入れた黒パンを頬張りながら笑った。私は言った。
「お前をここから連れ戻すことができるか、私は賭けをしたんだ」
アーニャが驚き叫んだ。
「賭け? あたいを連れ戻せるかどうかで……! 一体、どういうことなのよ?」
私は、御者のヴィロンスキーと一エーカーの麦畑を賭けて勝負したいきさつを、全て彼女に語った。そしてこう言った。
「私はこの賭けに負けた。そればかりではない。自分の短気が原因でつまらない賭けをし続けて家族を失い、そして農場も全て失ってしまったんだ。」
アーニャは悲痛な顔で私を見つめた。そして言った。
「あんたはなんて馬鹿な人なのよ! なんで最初からそう言ってくれなかったのよ!」
そしてアーニャは私に駆け寄り、私の頬に顔をすりよせて泣いた。
「可哀想な人……。あたいたちのために、何てことに」
それからアーニャは、私の手を握り締め叫んだ!
「でも……、あなたは全てを失ってはいないわ! ねえ! あなたは明日の朝、一人でスタヴォロポリに帰るのよ。あたいを置いて帰って! 今ならば間に合うさ。農場だって残っている! 奥さんだって、きっと帰ってきてくれるわ!」 
私はアーニャに三通の手紙を見せながら言った。
「アーニャ、もう遅過ぎたんだ。私は今日やっと気付いたのさ。自分がこれからどうなろうとしているかを……。私は決断したんだ。そして三通の手紙を書いた。妻とお前の亭主と、それと御者のヴィロンスキーにね」
アーニャが驚いた顔でまくしたてた。
「じゃあ、一体どうするつもりなのよ! このままここで野垂れ死にするつもりなの? あなたがこんなことで不幸になる必要なんて、これっぽっちも有りゃしないわ! 不幸になるんだったら……、そうよ! 私一人で十分だわ!」 
私はアーニャに言った。
「アーニャ、お前はもうとうに気がついている筈さ……」
アーニャが不思議そうに尋ねた。
「一体、何に気がついているっていうのよ?」
全てのことを悟り、私は落ち着いていた。そうだった。ここまで来なければ、私はこれから自分が進んで行くべき道が見えはしなかったのだ。私は話し続けた。
「お前は気付いている筈さ。私がこのままの状態で、お前と一緒に、いや! たとえ一人でスタヴォロポリへ帰ったとしても、ゆくゆくは全ての農場を売り払い、一文無しになってしまうってことにね……」
「そうなれば、今度は私たちだけのことだけではすまされない。たくさんの人を不幸にしなければならないんだ! そうならない為に、今夜この手紙を書いたんだ」
もうアーニャは何も言わなかった。 私はアーニャを抱きしめながら言った。
「アーニャ、よく聞いてくれ。この三通の手紙を出すことで、全てが終わるんだ。私は全てを失うことになる。でも、これでいいんだよ。これからお前と私は文字通りの一文無しだ、こうするより方法は無かった……」
 私がそこまで話すと、アーニャの体が嗚咽で小刻みに震え始めた。
「私はお前と一緒に、全て最初からやり直すつもりだ。朝から畑も耕そう! 牛の乳搾りもするし、豆畑の水やりだって慣れたものさ! 昔、やらされたことがあったからね。お前と一緒に生きる為なら、何だってやって行こうと思っているんだ」
アーニャの温かい涙が幾筋も流れ、私の頬を濡らしていた。彼女はただひたすら泣き続けた。それまで耐え続けた悲しみをひたすら洗い流し、おそらくだが、あの時アーニャも心を決めたのだろう――。アーニャが小さな声でささやいた。
「あなた、一つお願いがあるの。さっきの指輪……、あたいが貰ってもいい?」
私は、ポケットからリングを取り出すと、そっと彼女の薬指に挿してやった。こうしてその時から、私たちは生涯の夫婦となった。


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