三十万ルーブルという金は、四回の勝負で消し飛んだ 私はじきに無一文になり、再びリザに向けて手紙を書いた。

愛するリザへ

心配をかけて申し訳ない。

どうしても今、まとまった
金が必要なんだ。

工面するのに、苦労もあるだろう
でも何とかして欲しい。

金が無いと、何もできない
今はそんな状況なんだよ。

落ち着いたら、すぐに戻るから
何とか頼む。

無理を言ってすまない。

イワン

私は完全に狂っていた。どんなに妻に、そして家族に、申し訳ないと思う気持ちが湧きあがろうと、決してそれは賭けを止める力とならなかった。頭の中ではどんなに、今自分のしていることが無茶苦茶なことだとわかっていても、そんな考えは賭博の魅力の前では全く無力だった。私は妻に嘘まで言って金策させ、自分は働くこともせずに朝から晩までアーニャと一緒に遊び呆けていた。そして金が届くと、いそいそとカジノへ出かけて有り金残らず使い果たす、そんな堕落した生活を毎日続けていたのだ。
そのうちにアーニャも、愛人だったルドルフから愛想を尽かされ、全ての援助を打ち切られることになった。そもそもの原因は彼女の金遣いの荒さだが、他方では彼に新しい女が出来たことも原因だったらしい。
私たちはホテルの部屋を引き払って近くに木賃宿を捜し、いかにも狭い一部屋で一緒に生活することとなった。そのうちに私とアーニャは着飾ることもしなくなり、食事さえ満足に摂らず過ごすようになった。アーニャの煌びやかなドレスや持ち物は、全て賭博の賭け金となり消え失せていった。
そして、私がリザに最後の金策の手紙を託したその八日後に、次の馬車がやってきた。 御者台の上に見覚えのある顔を見て、私は驚き叫んだ。
――ドゥエルだ、ドゥエルがやって来たのだ!――
馬の手綱を引くその男は、まさしくドゥエルだった。ドゥエルは私の顔を見るなり駆け寄り、そして足元で跪いた。
「旦那様……、よくぞご無事で! あっしの為にこんなことになっちまって、本当に申し訳ございません」
ドゥエルは人目を気にようともせず、地面に頭をこすりつけて私に詫びた。彼の目から大粒の涙が溢れ出た。私は言った。
「ドゥエル、もういいんだ。頭を上げなさい。それよりあちらの方はどんな様子かね?」
ドゥエルが答えた。
「旦那様、奥様がとても心配しておいでです。今回はこれを預かって参りました」
そう言って、ドゥエルはリザからの包みを手渡した。
「それと……、奥様は牧場の一部とトウモロコシ畑を手放すと、そうおっしゃられています。」
それから召使は、心配で張り裂けそうな自らの胸の内を語り始めた。
「旦那様、一体何があったんでございますか? あの夜、あっしがとんでもないお願いを口にしたが為に、こんなことになっちまうなんて……。何があったのか、どうぞおっしゃってくださいまし! もうこれ以上、旦那様と奥様にご迷惑をかけるわけにはいきません!」
私は言った。
「ドゥエル、心配いらないよ。お前のせいで帰るのが遅くなっているのではないんだ」
ドゥエルが言った。
「旦那様、女房のアンナは、今日これからあっしの手で掴まえて連れ戻します。ですから、もうこれ以上奥様に心配をかけないでくださいまし」
私はドゥエルの目を見つめ、言った。
「いいか! ドゥエル、よく聞くんだ……。アーニャは、もうお前の元へは帰らないと言っている」
ドゥエルが悲痛な叫び声をあげた。
「だ……旦那様。それじゃ、あの男に一エーカーの麦畑をくれてやることになりますだ!それはなりません! 絶対にそれだけはお止めくださいまし!」
  それからドゥエルは肩を落として呟いた。
「それに、あいつが帰って来ないとなると、赤ん坊をこれからどうしたものか……」
 私は言った。
「ドゥエルよ、私は何も必ずそうなると言っているわけではないんだ。アーニャに今お前がいくら諭しても無駄だ。もうしばらく待つんだ。ここは私に任せておけ!」
ドゥエルにそう言ってはみたものの、既に結果は見えていた。もうどうにもならないことを、私は知っていたのだ。そして口には出さなかったが、ただひたすら自分の女房を失った哀れな召使に対し罪悪感で胸がいっぱいになった。理由はともあれ私は、あの男の女房を寝取ったのだ。私は悲痛な面持ちで召使を故郷へと送り出した。それは粉雪が舞い、いつもより早い冬の訪れを感じさせる晴れた午後のことだった。
私はドゥエルを送り出すと、リザからの封書を開いた。封書を開けると同時に、何か光る物が転がり落ちた。私はそれを拾い上げると、そっと目を凝らしてみた。それはまさしく、私がリザに送ったリングだった。
鮮やかに、私がリザと知り合い、そして彼女に求婚した時のことが想い出された。あの時、若く美しかったリザの面影が脳裏に浮かんだ。私がリザにあの指輪を送ったのは、彼女が十八の時だったからね。私は、そのリングをポケットに仕舞い込むと、彼女の手紙を読み始めた。

愛するあなた

今日で、私があなたのことを
あなたと呼ぶのは終わりだわ。

今日、私は一つの決意をしました。
子供たちを連れて
故郷に帰ることにしたのです。

これ以上あなたの言うとおりにすれば、
農場の小作人や召使たちが
暮らしていけなくなるからです。

そして……、
子供たちも、私も、
このままでは生きていけません。

最後に、空いていたトウモロコシ畑と
牧場の半分を売りました。

もうこれ以上のことをして、
お金を作ることはできません。

あなたが引き継いできたこの農場を
まだこの上、勝手に処分することなど
私には到底出来ませんもの……。

お許し下さい。
そして、どうぞご無事で。

最後に……、

今日まで愛してくださったことを
心から感謝しています。

さようなら

リザ

私はその手紙を読み終えたとき、涙が止まらなかった。 
――おお、リザ! 私はお前に何と酷いことをしたのだろう!―― 私はこう思って、嘆き悲しんだ。でも、もう止まることなどできなかった。あの時リザが血の滲む思いをして送ってきてくれた金を使って、負けた金を取り戻そうと思っていたのだ。取り戻すまで、故郷には帰ることができないと思っていたのだ。そして私は心の中でそう叫びながらも、実際は今宵勝負することができる喜びを密かに感じていた。そこまで、私は堕落していたのだ。

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