アーニャは続けた。
「四十万ルーブルも一晩で摩っちまったんだよ! 誰だって、カジノが開けば取り戻しに行きたいと思う筈よ」
図星だった。その時の私にとって一番問題だったのは、アーニャを連れ戻すことでも、御者との賭けに勝つことでも無かった。昨夜失った四十万ルーブルを、まず今夜取り戻そうと、そう心の中で決めていたのだ。そして、その金を取り戻してからアーニャを連れ帰り、御者との賭けに勝つことを考えようとしていたのだ。
愚かな選択だった。いや、それは愚かというよりも無知といった方が良かったのかもしれない。そう! あの時の私は、賭博で失った金を賭博で取り戻すことができると考えていたのだ。賭けることで失った金が二度と戻っては来ないということを、私は最後の日が来るまで全く知らなかった――。こうして、私は六つ目の過ちを犯した。
それから私たちは着替えを済ますことにした。私は黒いビロードの上着に帽子をかぶり、アーニャは昨夜の薄いピンクのドレスに代えて、濃いワインレッドのドレスを選んだ。私とアーニャは近くのダンスホースに出かけた。しばらくの間そこで踊りながら夜までの時間を費やそうと思ったのさ。
私たちはショパンの曲に合わせ、マズルカ(注二三)を踊ったりして過ごしたが、アーニャは農夫の女房とは思えぬほど、軽やかに身を翻し上手に踊った。
彼女は、さながらダンスホールの花のようだった。着こなしも、振る舞いも、会釈の仕方も、そしてダンスの上手さも、全て社交界で立派に通じるほどだった。きっと何も知らない社交界の人々は、彼女を愛すべき一人の乙女として見守っていたに違いない。
アーニャが大きくステップを踏みながら叫んだ。
「あたい、今まで生きてきて、今が一番幸せかもしれないわ!」
私は彼女の耳元で、笑いながら囁いた。
「それは結構だが、その「あたい」と言うのを何とかしないかね? お前の素性がまるわかりだ!」
今考えてみれば、アーニャと踊ったあの時が、私の人生の中で一番幸せなひと時だったのかも知れない。私は今も覚えている、そして決して忘れることはないだろう! あのダンスホールの中のざわめきを。シャンデリアの黄色い炎の美しさを。そこで口にしたワインの甘く饒舌な香りを。そして煌きながら踊るアーニャの美しい肢体を――。
そして六曲目のワルツが終わった時、私たちは心地よく疲れていた。ダンスホールを後にして、寄り添って石畳の道を下り、ホテル・ドゥレステンへと向かった。夕日がクバン川に映えて美しかった、カフカス山脈から湧き出る大河は、あたり一面のひまわり畑と相俟って黄金に染まり、早くも夏の終わりを告げようとしていた。
そう、この時私は知らなかったのだ! 私がそれから、どれほど大きな人生の過ちを犯そうとしていたのか。そして、自分がその日からあのネヴィンノムィスクで冬を迎えることになろうとは、全く知る由もなかったのだ――。 

私たちはホテル・ドゥレステンに着くと、早速地下への階段を下りた。カジノはもう既に客で半分くらいは埋まっており、私たちは昨夜と同じテーブルについた。アーニャが耳元でそっと言った。
「ゆうべと同じディーラーだわ!」
私たちは喉の渇きを癒すためにビールを注文し、ボーイから交換したチップを受け取った。痩せて目の鋭いディーラーが、鮮やかな手つきでカードをシャッフルした。そして、ゆっくりとカードを配った。こうして、私にとって三度目となるカジノの夜が始まった。
最初、私は運に恵まれていた。瞬く間に、目の前にチップの山が出来た、席について僅か三十分も経っていなかった。その時、アーニャが溜め息混じりに言った。

「凄い。もう五十万ルーブルは勝ちよ!」
そう! この時既に、私は目的を達成していたのだ。昨日の負けを取り戻すことだけならば、この時点で既に十分足りていた。しかし私は賭けることをやめようとしなかった。私は七つ目の過ちを犯してしまったのだ。
――こうして、私は破滅への道を歩むことになった――

次へ

戻る