それからの勝負、私はことごとく負け続けた。一三万ルーブルという金は、一時間足らずで消えうせた。そして、ルドルフ少尉の目の前にはおびただしい数のチップが積み上げられていた。あの時の彼は四十万ルーブルくらい、勝っていただろう。少尉の顔は紅潮していた。あまりの調子よさに興奮していたのだ。
少尉が笑いながら言った。
「アーニャ! 今日は何でもご馳走してやろう! イワンさんもどうぞ。こんな日くらいご馳走しないとバチが当たるってもんです」
私は、金をチップに交換し勝負し続けた。それまでに負けた金は三〇万ルーブルに達していた。浮かぬ表情の私を見て、ルドルフ少尉が少し気の毒そうな顔で言った。
「イワンさん、まあこんな日もありますよ。私だって今日は最初、からっきし駄目だったんですからね。でもこの通り、つき始めたらこっちのもんですよ」
その時の私に誰が何を話しかけても、おそらく無駄だったろう! 私は頭に血が上っており、何を話されても受け入れることなどできなかったに違いない。そう! 私は頭の中で、こう考え続けていたのだ。
――この負けを一体どうやって取り戻したものか?――と、そのことばかり考えていたのだ。
私の負けがまさに四十万ルーブルを超えようとする頃、軍人が立ち上がり、そして言った。
「それではイワンさん、私はそろそろこの辺で失礼いたします。明日にはまたブカレストに発たねばなりませんのでね。ご幸運をお祈りしますよ。それとアーニャ、たまには顔を見せておくれ、待っているよ……」
軍人はそう言うとカジノを去っていった。アーニャが言った。
「私たちも帰りましょうか? あなたも調子が悪いことだし……」
私は驚き、そして愕然とした。
――冗談じゃない! ここまで付き合ってやったではないか! そのせいで、私は四十万ルーブルもの大金を失ってしまったのだ――
私はアーニャに食って掛かった。
「アーニャ、私は四十万ルーブルも負けているのだよ! このまま帰れというのかい?」
アーニャが言った。
「駄目な時は駄目なものよ。それに、今日はもうここも終わりだわ」
私は呆然とした。
――これだけの金を失った結末がこれか? 行くことを止めた時に私の言うことを聞かずにいたこの女が、今こんなことを言って逆に私を諭すのか――

カジノの中では既に他の客たちが引き上げ始め、残った客はこのテーブルの我々だけとなっていた。ディーラーの男が頭を下げて言った。
「旦那様、そろそろ終わらせていただいてよろしいでしょうか?」
私は吐き出すように言った。
「これだけ負けた客に、もう帰れと君は言うのかね?」
アーニャが言った。
「あなた……、夜にまた来れば良いのよ。一休みしてから出直すのよ、そうすればまた勝てるわ」
私はアーニャの言葉を聞いて身震いした。
――夜にまた――だと? とんでもない! 昼過ぎになれば、迎えの馬車がやって来るのだ。また馬車を引き返させることなど、到底出来ない! そうだ! そんなことなど絶対に許される筈がない――
しかしその一方で、私はこの甘い言葉に惹かれていた。失った金を取り戻してから帰るのが、一番好ましいことだと考えたのさ。そしてこうも考えた。 
――しかし、またカジノで勝負するためにはもう一夜をここで過ごさねばならない。何といえども、昼過ぎにはもう次の馬車がやって来るのだ。一体、どうしたものか――
私とアーニャがカジノを後にした時には、もう朝日が眩しく輝いていた。私たちはアーニャのホテルに戻ると、そのままベッドに倒れこんだ。アーニャが言った。
「あんた、あたいが欲しくないの? その為にああやって付き合ってくれたんでしょ?」
私は頭を抱えたままで言った。
「私は、四十万ルーブルもの金を失ったんだ。お前にわかるか? 四十万ルーブルといえば、農場の小作全員に払わせる一ヶ月分の地代の合計と同じだ。これだけの金を、私はほんの数時間で摩ってしまったんだ……」
アーニャが言った。
「勝負は時の運さ! そりゃ負けることだってあるわ、でも…」
それからアーニャは、私の首に腕を巻きつけながら言った。
「勝てることだってあるのよ。イワンさん、もう一晩あたいに付き合いなよ。そして取り戻すのさ!」
私はアーニャを抱きしめ、唇を合わせた。そして狂おしくアーニャを抱きながら、馬車が来たらどうすべきかを考え、思い悩んでいたのだ――。

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