程なく、次の勝負が始まった。私はその勝負に勝ち、それから三回連続で勝ち続けた。 それまでに失った金を全て取り戻した。それどころかその倍以上のチップが所狭しと目の前に積み上げられていた。アーニャがうつろな目で言った。
「だんな! いい賭けっぷりじゃないか! あたい、惚れ直しちゃいそうさ! あたいはもういいからさ、頑張って稼ぐんだよ!」
アーニャの茶色い瞳は潤んでいた。あれだけのウオッカを飲み、彼女はしこたま酔っていたのだろう。舌もかなりもつれていた。
「ほらね! あたいの言った通りだったろう? あそこでやめてたら、大損してるとこさ! だんな、初めてにしちゃ見事な賭けっぷりさ……」
私はその勝負を最後に全てのチップを換金すると、アーニャを連れてホテルの外に出た。彼女は殆ど泥酔しており、何とか歩くことはできたが肩を担いでやらねばならないぐらいだった。私はボーイに頼んで馬車を手配すると、アーニャの泊まっているホテルへと向かった。そしてクロークで事情を話して鍵を受け取り、部屋で彼女をベッドに横たえると葉巻に火をつけた。
アーニャは酔いつぶれており、ベッドに沈み込むようにして眠っていた。その寝顔は子供のように幼く、可愛らしいものだった。私はその日の出来事の一部始終を思い出していた。窓際にあるソファに座り、無意識に上着の内ポケットに有る札束を掴み出してみた。 来た時に比べ、明らかに分厚い札束がそこに入っていた。
不思議な充実感が体を包んでいた。賭けをし、一旦は六万ルーブルもの金を失いかけたが、最終的に持っていた金は一三万ルーブルほども増えていたのだ――。私はその時ふと思ったのだ。
――バクチというものは、普通の者がするならば、到底勝てるものではないのかもしれない。しかし、勝負する時とやめる時とをきっちりと見極めることができる者なら、勝ち続けてゆくことも可能なのだ――と。
そう! この時私は愚かにもそう思ったというわけさ。そして、心の片隅でにやりと笑っていた。――たったの一晩で、十三万ルーブルも勝った――と。
当時、十三万ルーブルも有れば、少なくともあと二人の召使を雇うことができただろう。そんな大金を僅か一晩で私は稼いだのだ。そして私はこうも思った。 
――良いところで止めれた、俺は溺れてなんかいないからこそ止めれたんだ。ちゃんと冷静にするのならば、バクチもあながち悪いものではない。――
それから私が考えたのは、また次にやるとしたら、いつなのだろうということだった。だが、ここまで考えて、私はハッとした。
――そうだ! そもそも私はこの街へ、バクチに溺れるアーニャを連れ戻すためにやってきたのではないか。それにもかかわらず、昨夜はアーニャと一夜を共にし、そればかりか勝ったとはいえ、バクチに手を染めてしまった――
しかしあの時の私は、それはそれで良いのだと思ってしまった。
――そうだ、これで良い! このまま明日アーニャを無事にスタヴォロポリまで連れ帰り、御者を跪かせ謝罪させるのだ。そして、帰りの馬車の中でゆっくりとアーニャを諭し、二度とバクチに手を出さないと誓わせれば良いのだ。御者からは約束どおり、一番良い馬を貰い受けることにしょう。実に楽しい! これは喜ばしいことだ!――
私は満足感に浸っていた、そしてこう考えていた。
――バクチは今宵限りだ、もうここに来ることもあるまい。こうやって勝ったときにきっちりと止めれない者が、バクチで身を滅ぼすのだ――と。
その時、アーニャが呻き声を上げた。私はベッドの横に行きアーニャに声をかけた。
「アーニャ、具合はどうだね?」
すると、アーニャが突然手を伸ばし私の腕を掴んでこう言った。
「もう朝なの……?」
「いいや、十二時を回ったところさ」
その声を聞くと、彼女は大きく目を開けた。
「行かなくちゃ!」
彼女はそう呟いてベッドから起き上がり、立とうとした。私は、思わず叫んだ。
「行く? こんな時間からどこへ行こうというんだ!」
彼女が叫んだ。
「わかりきっているじゃない! さっきの負けを、取り戻しに行くのよ!」

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