アーニャと共に私はホテル・ドゥレステンへと向かった。地下のカジノへ行くと、昨日と同じボーイが歩み寄ってきた。アーニャはボーイに千ルーブル札を数枚渡してチップに交換させると、ふと気づいたように振り向いた。
「ねえ、あなたはやらないの? 今日は最後の夜よ、少しは楽しんだらいいのに」
私は言った。
「いいや! 私はバクチをやらないんだ。楽しむなら、お前一人で楽しむがいい」
その夜、彼女は調子が悪かった。先に交換したチップはすぐに無くなり、彼女はすぐさまボーイを呼んでルーブル札の束を渡してチップに替えて来させた。そして、新たに交換したチップが半分ほどに減ったところで、私は言った。
「アーニャ、昨日のようにうまく勝てるかどうかわからない。バクチというものはそういったものさ……」
そして、こう付け加えた。
「だからこそ、私はバクチをやらないんだ。真面目に仕事をしてこそ、幸せな人生を送れるってもんさ」
私がそう言った瞬間、アーニャの顔が青ざめた。彼女は鬱陶しそうに言った。
「勝負はまだこれからよ! あれぐらい取り返すのは、本当にわけないんだからさ!」
それからも彼女はひたすら賭け続けた。そしてアーニャは二回の勝負に勝っただけで、残りの勝負全てに負けた。二回目に交換したチップもやがて無くなり、彼女は再びボーイを呼んだ。
「交換してきて頂戴! それと、ウオッカを貰うわ」
私はアーニャに言った。
「もう、そろそろやめにしたらどうかね? 駄目な時は駄目なものだ。こんな時は、取り戻そうとして一層怪我を大きくするだけだよ」
その言葉を聞いた途端、アーニャの眉間に縦の筋が入った。アーニャは吐き捨てるように言った。
「あんたは賭けないの? やってみればいいじゃない! 賭けもしないで、横から言うだけなら……」
彼女は深呼吸してから、低い声で続けた。
「それは意気地なしのすることよ!」
――意気地なしだと!!――
私の頭の中に怒りの炎が燃え滾った。
――そもそも、あの御者の「意気地なし」という言葉を聞いて、こうやってこの女を連れ戻しに来たのだ。それを、この女までもが私のことを意気地なしと罵るのか!?――
私は立ち上がり、自分の上着の内ポケットからルーブル札の束を掴み出し、アーニャの前に叩きつけた。
「さあ、アーニャ、賭けようじゃないか! お前の好きなように賭けるがいい!!」
アーニャが言った。
「賭けるのは、あたいじゃない! あんたさ! それっぽっちの金も賭けれないなんて、何が男さね!」
アーニャがボーイを呼んだ。
「この札を交換して来ておくれ。ウオッカをもう一杯!」
そしてアーニャは立ち去ろうとするボーイを呼び止め、こう叫んだ。
「それと、この子猫ちゃんにもウオッカを一杯やって頂戴!」
私は自分の耳を疑った。
――しかしこれがこの女の正体なのだ―― そう思って手を震わせた。
そう! ここで私は四つ目の過ちを犯してしまったのだ。もう止まれる筈などなかった。賭けるより仕方がなかったのだ――。
アーニャが注文したウオッカを一息に飲み干すと、私は一塊のチップをディーラーに手渡した。やがてカードが配られた。生まれて初めて手にしたカードは、あまりにも薄く軽いものだった。私はその時、途方もなく大きな罪悪感に襲われた。私はこう考えた。
――俺はこんな薄っぺらい紙切れごときに、農夫が、そして馬子が、ひと月働いても得ることができないほどの大金を賭けて、勝負しょうとしている――と。
とても考えられないことだった。きちがい沙汰だと思った。それでも、私はアーニャの横で賭け続けたのである。それから私は、手にしたチップをたった三回の勝負で全て使い果たし、六万ルーブルもの金を失ってしまった。
アーニャが言った。
「勝負はこれからなのよ! 今やめれば、取り返すチャンスを逃すことになるわ。さあ! もうひと勝負するのよ!」
私は考えていた。
――失ってしまった金は仕方のないことだ。諦めればいい……。さりとてこのままにしておけば、自分は完全な負け犬になる。そんな自分に、この女がスタヴォロポリまで付いて帰るとはとても思えない。そうなれば、一エーカーの麦畑はあの御者の物になるのだ――と。
そしてそう思いながらも私は、もうひと勝負し、もし今までに失った金を今夜中に取り戻せるなら、全てはうまくいく筈だとさえ思い始めていた。それから私はボーイを呼んで、懐から荒々しくルーブル札の塊を掴み出しこう叫んだ。
「これを、替えてくれないか」

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