その夜、私とアーニャは何度も愛し合った。それはあたかも、出会うべくして出合ったそんな幸福な男女が当然の如く得るであろう、愛の交歓そのものだったのだ。
翌朝になり、召使が馬車を引いて迎えに現れた。私はアーニャに言った。
「さあ、アーニャ、私と一緒に帰ろう! お前の今後の身の振り方は、スタヴォロポリに帰ってから考えるとしょう」
アーニャは言った。
「イワンさん、あたい、夕べあなたに約束したわ。今夜全て話すって」
そして、彼女は私の目を覗き込むようにして言った。
「どうして、今すぐに帰らなきゃいけないの?」
私は言葉に詰まってしまった。御者との賭けのことを彼女に話すことなど、絶対に許されなかったからだ。
――そんな話を聞けば、おそらくアーニャは私のことを笑い飛ばすことだろう。大恥をかくのが関の山だ―― あの時、私はそう思っていたのだ。
彼女が続けた。
「それに……、あたいはあなたが好きなのよ。どうしてもあたいを連れ戻したい気持ちはよくわかるわ。でも、もう少しここで一緒に過ごしたいのよ!」
アーニャはそう言うと私の胸に飛び込み、私を強く抱きしめた、栗色の髪が甘く香った。私は考えていた。――今日一日のことではないか! そうすれば、彼女も気が済んで私と一緒にスタヴロポリに帰るに違いない──と。
そして私は自分自身に、所詮、今宵一夜だけのことだと言い聞かせていた。私はアーニャに言った。
「わかったよ。じゃあもう一日延ばすことにしよう。その代わり、お前は明日一緒に帰ると約束してくれるね?」
アーニャが言った。
「嬉しいわ! もう一日ここで一緒に過ごせるなんて。」

それから私は、妻のリザに宛てて手紙を書いた。

愛するリザへ

用事が少し増えてしまった。
帰りが遅れるが、心配しないでほしい。

農場のことは引き続き、
ポローニャの一家に任せるように。

それと、私の身の回りの物一式を
他の者に預け、すぐに届けさせてくれ。

イワン

私はホテルの外に出て召使のトーリャに手紙を託すと、すぐにスタヴォロポリに向けて発つよう命じた。
「トーリャ、スタヴォロポリに戻ったらお前は休み、誰か他の者をすぐにここへ寄こしてくれ。さあ、行くんだ」
トーリャが言った。
「かしこまりました、旦那様」
 私は召使の乗った馬車を見送ると部屋に戻り、アーニャに言った。
「明日の昼くらいには、次の馬車が来る。それまで、お前は自由にするがいい。ただし、明日は必ず一緒に帰ってくれるね?」
アーニャが答えた。
「約束するわ。だんなさま!」
彼女はそう言うといたずらっぽく微笑み、私にしがみ付き唇を重ねた。

それから私たちは、つかの間の観光を楽しんだ。馬車に揺られてクバン川(注十七)まで出ると、遠くにカフカス山脈(注十八)が見えた。あの頃、あのあたりは一面のひまわり畑だった。大ゼレンチュク川(注一九)が合流するあたりにはブドウ畑が広がり、収穫を終えた農夫たちが休憩している姿も見られたものさ。
私たちは馬車を降りてもぎたてのぶどうを味わったり、川岸に降りてみたりしながら時間を潰した。それからネヴィンノムィスクの街まで戻って、少し遅い昼食を取り、ゆっくりとお茶を楽しんだ。そして約束の夜が訪れ、私は堪らずアーニャに尋ねた。
「さあ、アーニャ! そろそろお前の本当の話を聞かせてくれないか?」
アーニャは少しうつむきながら、寂しそうに言った。
「イワンさん、今日がここに居られる最後の夜なのよ! 一緒に楽しんでからでも良いでしょう?」
私は迂闊にも、最後の希望くらい叶えてやってもよいだろうと考えた。だからアーニャに、こう尋ねた。
「それでは、これからどこに行こうというんだね?」
アーニャが目を大きく見開いて、嬉しそうな声で言った。
「勿論、カジノに行くのよ!」
今考えると、あの時私は既に三つ目の過ちを犯していたのだ。

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