私が席に戻っても、アーニャはまだ賭け続けていた。
――一体、この女はいつまでやり続けるのだろう?―― 呆れながらも私は、どうすればこの女を連れ戻せたものかと思いを巡らせていた。
突然、アーニャが言った。
「止め時ね。おしまいにするわ!」
アーニャは貯め込んだチップを金に替え、ボーイに百ルーブル紙幣一枚をチップとしてくれてやり、席を立った。
「今日は、二万ルーブルと少し勝ったわ」
アーニャは嬉しそうにそう言うと、いたずらっぽく笑った。それまで私はアーニャを畑でしか見たことがなかったが、近くで見るとかなり童顔の女だった。あの時のアーニャはどう見ても、一八くらいにしか見えなかったからね。
栗色の髪と大きな目、細い首、そしてクルクルといたずらっぽく動く茶色の瞳―― まさかそんな女がカジノに出入りしているとは、誰も思わなかっただろう。
――それにしても、農夫の女房がなぜバクチなど覚えたか?―― 私の頭の中はその疑問で埋めつくされていた。
私とアーニャはボーイに見送られてカジノを後にすると、ホテルの外へと出た。アーニャが言った。
「イワンさん、今日の泊り先はもうお決めになって?」
「いいや、まださ」
「それよりもアーニャ、何だってお前はこんなバクチを覚えたんだ? お前にこんなことを教えたのは、一体どこの誰なんだ?」
アーニャはその質問に答えず言った。
「イワンさん、それよりも食事にしない? あたいが奢るわ。近くにラムのおいしい店があるのよ」
私たちは近くにあるレストランに着いた。ラムが売り物というだけあって、羊の顔の大きな看板が掲げてあった。こぢんまりとした作りで、入るとすぐにピロシキ(注一二)の良い香りが漂ってきた。席に着くとアーニャは慣れた様子でウェイターを呼び、ラムチョップ(注十三)と黒パン、そしてビールを注文した。彼女が言った。
「イワンさん、お飲み物は何がお好きなの?」
私は黒ビールを注文し、ウェイターにメニューを持って来させると、ザクースカ(注一四)のメニューからキャビアとカブの酢漬けを注文した。
アーニャがいたずらっぽい目で笑いながら言った。
「驚いたでしょ? でも、ここの生活が気に入っているの」
私は苛立っていた。彼女から聞き出したいことも、言ってやらねばならないことも、実際山のようにあったからだ。私はまくし立てる様に彼女に言った。
「まず、なんでお前がこんなくだらないバクチなんか覚えたのか、そのことから聞こう!」
「教えてくれた人がいたのよ。賭けていると、ワクワクするわ。それと……、体の奥が熱くなって来るのよ」
「一体誰がお前に、こんなことを教えたんだ? それに、いつの間にどこで覚えた? そんな時間が……」
そこまで話した所で、突然アーニャが私の言葉を遮った。そして少し寂しそうな顔をして言った。
「明日の夜に全て話すわ……。今夜はゆっくり楽しみましょうよ」
その言葉を聞いて、私は絶望した。
――明日の夜だと? とんでもない、とんでもないことだ──
私は気が気ではなかった。
――明日になっても私が帰らないということになれば、きっとあの御者は腹を抱えて笑うに違いない。そればかりではない。昨夜あの場所にいた者は皆、これはどうしたものかと思うことだろう。それに農園のことも気がかりだ。そうなれば、妻のリザに手紙を書かねばなるまい――
私はそういったことをあれこれと考え、頭を悩ませていた。そして繰り返しこう思い、自らの愚かさを嘆いていたのだ。――馬鹿な賭けをしたものだ──と。

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