『砂上の街』 第16話 ひとり立ち
釘が見れん!?別にいいやろ。 ワシも見れん。
動いたのだけわかりゃエエんじゃ。
何かわけがあるから動かす・・・。
それは間違いないんじゃからの。
和歌山の老プロM
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「もしもし・・・、斉藤さんですか・・・。」
受話器の向こうから、蚊の鳴くような女の声がした。
「はい、そうですが・・・。 どなた・・・?」
「私・・・、一条繭子です。 今度、斉藤さんのとこでお世話になることになった・・・。 今回のこと、聞いていらっしゃいますか・・・?」
俺は最初誰のことかわからなかった、しかしやっとわかった。 今度実家にやってきた、顔も見たことの無い『俺の妹』からの電話だったんだ。
「はい、ああ聞きました。 大変ですね、お気の毒だ・・・。」
「突然こんなことになってしまって、申し訳ないです。 亮太さんには、すごく迷惑かけてしまって・・・。」
「今日は、一言お詫びを言いたくて電話したんです。 いろいろとこれからも有ると思いますが、よろしくお願いします・・・。」
そう言って、繭子は電話を切った。 俺は少し自分自身のことが恥ずかしく感じられた・・・。
“繭子は高校2年生だと聞いた。 なんてしっかりした女の子なんだろう!”
それに比べ、俺は学校にも行かず昼間からパチンコ屋に居て、夜は酒場の女と殆んど同棲しているに等しい・・・。
その時俺はそう思うと、何かあった時には何としてでも実家に帰らねばならないと心に決めた。
しかしながら、人生と言う物は実に皮肉なもんさ。 結局俺は、実家に帰ることはなかったんだ・・・。
◇
俺はそれから、明日に向けての下調べをする為にホールに戻った。
午後9時半、終了った台は俺と師匠が打った計4台と、他には7台、そのうちの2台は完全終了で無いインチキ終了だから計9台・・・。
俺は師匠の終了らせた2台と他の終了台5台との計7台の釘を見て回った。
改めてまた感じるが、一番狭い釘の台は俺が最初に抜いた台だった。 しかも一番カラいゲージである筈のその機械が、一番最初に終了っている・・・。
俺は本能的に、この店の機械全てのクセと特徴を覚えてしまうことが一番勝つことへの近道だと感じた。
店員の目を盗んで、手元の手帳に台のナンバーを控えた。 これをしないと、釘をいじった台がわからなくなる・・・。
これがプロとして最低限の、仕事だと感じた。 俺は下調べを終えるとホールを後にした。 ホールを出て、少し歩いたところで誰かに背中を叩かれた・・・。
「お兄ちゃん、ちょっとエエか・・・?」
振り向くと、時々ホールで見る初老のオヤジが立っていた。 オヤジは作り笑顔で俺に話しかけた・・・。
「今日は2台終了させたな。 にいちゃんエエ腕や。」
「ちょっとお茶、飲んでいかへんか? ご馳走するさかい・・・。」
そのオヤジはなかば俺を無理やり喫茶店に連れ込み、いろいろと話し始めた・・・。
「なあ、にいちゃん。 毎朝、顔合わすけど、ワイら、何のためにあの店に来とるか知ってるやろな・・・・」
俺は直感的に、このオヤジが何を言いたいのわかった。 でも少し知らばっくれて言ってやった。
「そりゃ、パチンコが好きだから来てるんでしょう・・・。」
オヤジの顔が少し不愉快そうに歪んだ。 オヤジが低い声で言った。
「なあ、にいちゃん。 シラ切らんでエエ。」
「ワイら、これでもプロや。 あんた、まだ学生やろ。 ちょっとは、遠慮して抜かんかいな・・・。」
「あんたらが、コレで喰っちょるのはわかっとるけ。 ピストル打ち(注1)してようが・・・。 うまいもんじゃ・・・。」
「あんたら、まだスネ齧って(かじって)生きていけようが、ワイらはそうはいかん。」
「ここでの稼ぎが全てなんじゃ・・・。 わかってけろ。」
俺が学生だということは、師匠と居ることからも、もう割れているのだろう。 しかし俺は、このスネを齧ってという言葉に腹が立った。
それからもそのオヤジは、どこの地方の訛りかわからない言葉で話し続けた。
「そりゃ、きれいに一本抜けたときは嬉しいもんじゃ。 種銭いくら使うたかわかっておっても、こうやって・・・、な!」
「一枚一枚、百円玉並べて確認するんじゃ! な、嬉しかろう!」
そう言って、そのオヤジはじっと俺の目を見つめ言った。
「悪いがの、ここんらで抜くのは一本にしてけろ。 頼むけ、そうしてけろや・・・。」
つまりこのオヤジは、終了らせるのは1台にしろということを言っているのだ。 俺は、やっと言われたことを理解した。
俺はその問いには答えなかった。 なぜなら、今日2台終了らせたのは、たまたまだと思っていたからだ。 そこまで俺自身がこれから稼げる確証などないと思っていた。 それともう一つ・・・、
そんなことは、何ら言われる筋合いの無いことだ。 稼げる奴が稼ぐ、こんな世界で泣き言を言うこのオヤジを、軽蔑したからでもある・・・。
「まあ、それが今までのこの店でのしきたりじゃ。 明日からはよろしゅう頼むけ・・・。」
オヤジはそう言うと、一方的に話を終え伝票を掴んで席を立った。 俺は一人喫茶店に残り、ぬるくなったコーヒーをすすりながら手帳を広げた。
そして、師匠に命じられたとおり今日の収支を記入し、抜けた台(注2)の情報を改めて確認した。
ここまで確認すると、明日の朝どのシマから見ていくべきなのかさえ、容易にわかる。 そう・・・、
その日稼げるのかどうかは、ある意味、前日の下見の段階である程度はわかっているということなのだ・・・。
なんとなく俺は、今日一日の出来事でパチプロとしての仕事の概要が理解できたと思った。
やるべきことは、いくつもある。 しかし、順序だて緻密に計算すれば、いとも簡単に稼ぐ糸口は見つかるのだ。
疲れてはいたが充実した1日だった・・・。
◇
それから、俺はユウコの店に電話を入れた。 ユウコを食事に誘おうと思ったのだ・・・。
「ユウコ、ねえ、今夜一緒に食事しない! ちょっとさ、懐が暖かくなったんだ・・・!」
「リュウ、どうしたの? お金どうかしたん?」
「アルバイト、してへんてゆうてたやんね・・・?」
なぜかユウコの声は暗かった。 俺は続けた。
「詳しいことは、帰ったら話するよ。 少し早く帰って来れないかな?」
「うん、できるだけ早く帰るようにする・・・。」
そう言って、ユウコは電話を切った。 俺は少し府に落ちないまま、自分のアパートを出て夜道を歩き始めた。
そして歩きながら、考え続けていた。
“ユウコはどうして、喜んでくれないんだ・・・?”
そう! 俺はその時気付かなかったんだ。 自分が籠の鳥になれはしないということを・・・。
(注1)ピストル打ち:人差し指を台にキッチリと固定して打つ手打ちの極め。プロの手打ち打法
(注2)抜けた台:ある一定の球一以上の出球があった機械
〜続く〜
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