ギャンブル依存症克服はストーリーを読んで!

ギャンブル依存症を題材にした小説はいろいろと有りますが、ここでは読むだけでギャンブル依存症を克服し、防止までしちゃおうって寸法です。 きっとあなたのお役に立てると思います、是非お読み下さいね!

朝の告白 その11

程なく、次の勝負が始まった。私はその勝負に勝ち、それから三回連続で勝ち続けた。 それまでに失った金を全て取り戻した。それどころかその倍以上のチップが所狭しと目の前に積み上げられていた。アーニャがうつろな目で言った。
「だんな! いい賭けっぷりじゃないか! あたい、惚れ直しちゃいそうさ! あたいはもういいからさ、頑張って稼ぐんだよ!」
アーニャの茶色い瞳は潤んでいた。あれだけのウオッカを飲み、彼女はしこたま酔っていたのだろう。舌もかなりもつれていた。
「ほらね! あたいの言った通りだったろう? あそこでやめてたら、大損してるとこさ! だんな、初めてにしちゃ見事な賭けっぷりさ……」
私はその勝負を最後に全てのチップを換金すると、アーニャを連れてホテルの外に出た。彼女は殆ど泥酔しており、何とか歩くことはできたが肩を担いでやらねばならないぐらいだった。私はボーイに頼んで馬車を手配すると、アーニャの泊まっているホテルへと向かった。そしてクロークで事情を話して鍵を受け取り、部屋で彼女をベッドに横たえると葉巻に火をつけた。
アーニャは酔いつぶれており、ベッドに沈み込むようにして眠っていた。その寝顔は子供のように幼く、可愛らしいものだった。私はその日の出来事の一部始終を思い出していた。窓際にあるソファに座り、無意識に上着の内ポケットに有る札束を掴み出してみた。 来た時に比べ、明らかに分厚い札束がそこに入っていた。
不思議な充実感が体を包んでいた。賭けをし、一旦は六万ルーブルもの金を失いかけたが、最終的に持っていた金は一三万ルーブルほども増えていたのだ――。私はその時ふと思ったのだ。
――バクチというものは、普通の者がするならば、到底勝てるものではないのかもしれない。しかし、勝負する時とやめる時とをきっちりと見極めることができる者なら、勝ち続けてゆくことも可能なのだ――と。
そう! この時私は愚かにもそう思ったというわけさ。そして、心の片隅でにやりと笑っていた。――たったの一晩で、十三万ルーブルも勝った――と。
当時、十三万ルーブルも有れば、少なくともあと二人の召使を雇うことができただろう。そんな大金を僅か一晩で私は稼いだのだ。そして私はこうも思った。 
――良いところで止めれた、俺は溺れてなんかいないからこそ止めれたんだ。ちゃんと冷静にするのならば、バクチもあながち悪いものではない。――
それから私が考えたのは、また次にやるとしたら、いつなのだろうということだった。だが、ここまで考えて、私はハッとした。
――そうだ! そもそも私はこの街へ、バクチに溺れるアーニャを連れ戻すためにやってきたのではないか。それにもかかわらず、昨夜はアーニャと一夜を共にし、そればかりか勝ったとはいえ、バクチに手を染めてしまった――
しかしあの時の私は、それはそれで良いのだと思ってしまった。
――そうだ、これで良い! このまま明日アーニャを無事にスタヴォロポリまで連れ帰り、御者を跪かせ謝罪させるのだ。そして、帰りの馬車の中でゆっくりとアーニャを諭し、二度とバクチに手を出さないと誓わせれば良いのだ。御者からは約束どおり、一番良い馬を貰い受けることにしょう。実に楽しい! これは喜ばしいことだ!――
私は満足感に浸っていた、そしてこう考えていた。
――バクチは今宵限りだ、もうここに来ることもあるまい。こうやって勝ったときにきっちりと止めれない者が、バクチで身を滅ぼすのだ――と。
その時、アーニャが呻き声を上げた。私はベッドの横に行きアーニャに声をかけた。
「アーニャ、具合はどうだね?」
すると、アーニャが突然手を伸ばし私の腕を掴んでこう言った。
「もう朝なの……?」
「いいや、十二時を回ったところさ」
その声を聞くと、彼女は大きく目を開けた。
「行かなくちゃ!」
彼女はそう呟いてベッドから起き上がり、立とうとした。私は、思わず叫んだ。
「行く? こんな時間からどこへ行こうというんだ!」
彼女が叫んだ。
「わかりきっているじゃない! さっきの負けを、取り戻しに行くのよ!」

次へ

戻る

朝の告白 その12

私は信じられなかった。 目の前で身支度し始めたアーニャを見ながら、こう考えた。
――これだけ酔い潰れているのに、この女はまだカジノに行こうというのか!? 何ということだろう! どこまでやれば気が済むのだろう?―― 
私はアーニャに言った。
「アーニャ、お前はもう勝負に行ける状態じゃない! 私が酔い潰れたお前をここまで連れて来たんだ。だから、今夜はもうおやすみ……」
私はそう言って、アーニャを抱きしめた。すると、突然アーニャが私を突き飛ばした。
「あたいが欲しいんだったら、もうひと勝負付き合ってからさ! あんたは勝ったかもしれないさ! でも、あたいは負けてるんだよ! このまま、眠るわけにはいかないのさ!」
彼女はそう言いながら、さっさと身支度をし続けた。私はあっけにとられて、呆然と立ちすくんだ。身支度を終えて彼女が叫んだ。
「さあ! 引き返すんだよ! 取り戻して、先にやられた分の倍は稼ぐのさ!」
何ということだろう。今宵限りと思っていたカジノへ、私はまたしても行くはめになってしまったのだ。だがあの時の私は、こう思っていた。
――俺はもう勝負なんかしない! アーニャに気の済むまで勝負させて後は連れ帰るだけだ。今から行って勝負すれば、今度は間違いなく負けるだろう。どんなことがあっても、俺はもう過ちを繰り返しはしない――と。
私はそう心に誓って、アーニャと共に深夜のカジノへ繰り出した。しかし時刻はすでに一時を回っていた。私はアーニャに言った。
「アーニャ、もう一時を回っている。 そろそろカジノも終わりではないのかね?」
「大丈夫よ、何時まででも客がいる限りやっているわ」
そしてアーニャは、思い出したように呟いた。
「それに……、こんな時間にしか来ない客もいるのよ」
仕方なく私は彼女と一緒に馬車に乗り込んだ。眠そうな顔をしながら御者が言った。
「だんな! もうこれから先、馬車は有りませんぜ。御用の時は、朝になってからお申しつけくださいまし」
私たちはカジノに戻った。確かにそんな時間だというのに、先程と同じくらいの人が遊戯に興じていた。気が付いたのは、軍服を着ている者が数名いたことだ。彼らは、赴任先からの帰還兵だった。アーニャは先程と同じテーブルに付き、ボーイを呼んで紙幣をチップに替えた。
今回のアーニャはついていた。三回連続で勝った。彼女の前にチップの山が積み上げられた。彼女は言った。
「ほら! こんなもんさ、取り返すなんてわけないことなのさ。でも、ここでやめちゃだめ! この調子で一儲けするのよ」
私は呆れ果てていた、そして思った。
――確かにそうかもしれない。この勢いで行けば、おそらく負けた分の倍くらいは儲かるのかもしれない。それにしても……、なんという執着だろう! この女は、なぜここまで勝負へ執着するのだろう?――
アーニャが言った。
「あんたはやらないのかい? 相変わらず、臆病なんだね!」
私は怒りで手が震えた。
――意気地なしというからこそ、私は先程も危険な賭けをしたではないか!――
しかし、その挑発に乗って勝負するわけにはいかなかった。私は自分に言い聞かせ、怒りを収めることにした。
――今再び勝負するならば、負ける可能性だってあるのだ。ここは、我慢しよう。この女の言いたい様にさせておけばいいのだ――
あの時の私は、一旦そう考えた。そしてそれは、今考えると正しかったといえるだろう。だから私はアーニャに言ったのさ。
「私はもう疲れた、お前は好きにするがいい」
だが悪いことは重なるものだ。その時、一人の男が突然我々のテーブルの前に現れたのだ。男はアーニャの横に歩み寄ると言った。
「アーニャ! 久しぶりだな、良い調子じゃないか!」


次へ

戻る

朝の告白 その13

男は軍服を着ていた。肩に将校の位を示す紋章、胸には三つの勲章を付けていた。彼は、アーニャの横にいる私に気が付くと言った。
「アーニャ、こちらはお連れさんかい?」
「そうよ、お世話になっている農場主さんなの。イワン・オフロフスキーさん。こちらはロシア軍西部作戦指令部少尉のルドルフ・カシューリンさんよ」
男は帽子に手をかけ、丁寧に一礼した。
「初めまして、イワン・オフロフスキーさん。ロシア西部作戦指令部隊少尉のルドルフ・カシューリンです。よろしく……」
私も男に挨拶した。
「スタヴォロポリで農園を営んでいる、イワン・オフロフスキーです。お目にかかれて光栄です」
男が言った。
「そうですか! 私たちの部隊はここネヴィンノムィスクに駐留しておりますが、お噂はよく耳にしていますよ。お近づきになれて、光栄であります。今日は、ブカレスト(注二〇)から帰還したばかりでして……。そうそう!」
男はそう言うと、ボーイを呼んだ。
「イワンさん、お飲み物は何が好みですか? お近づきの標しに一杯、ご馳走させていただきましょう!」
「それではルドルフ少尉、お言葉に甘えてスコッチを頂戴いたします」
「そうですか。それでは私はウオッカを。いや、最近はここに来て遊ぶことも、なかなか叶いませんでしてね……。バルカン半島は、もうかなりきな臭い状態ですよ。もっともこれは、イワンさんに関係ないお話でしたね」
軍人はそう言うと、気さくな笑顔を浮かべた。私たちは乾杯した。軍人が言った。
「ところでイワンさん、カードはなさらないんですか?」
私は答えた。
「私はそもそも、こういった勝負をしないんですよ」
軍人が答えた。
「そうですか。私は今日調子が悪くて、もう二万ルーブルやられていますよ。もっとも、このままではいられませんがね!」
少尉は笑ってそう言うと、いそいそと私たちのテーブルに座り勝負に加わった。
あの男は軍人だが、悪い男ではなさそうだった。ただし、気になることが一つあった。私はアーニャの視線が気になっていたのだ。なぜなら彼女が時々この軍人をみつめ、微笑んでいたからだ。
アーニャ自身はもう既に負け分を取り戻し、目の前のチップは優に二万ルーブルを超えていた。それからの勝負は軍人も好調だった、アーニャと軍人はお互いに時々、冗談を言い合いながら勝負し続けた。アーニャの目は輝いていた。それは、自分が勝った時のみならず、軍人が勝った時もそうだった。
――アーニャはこの少尉と、特別な関係なのかもしれない。――
私は、そう感じていた。一方で、賭けもせずにじっとその場に居ることは大きな苦痛だった。しかし私は、心の中で固く思っていたのだ。
――ここで勝負をすれば、負ける事だって有り得る。そう! ここは我慢して過ごさねばならない――と。
突然軍人が叫んだ!
「よし! これで全て取り戻した。ここからの勝負だ!」
その時、私は見たのだ! アーニャが燃えるような眼差しで軍人を見つめているのを――。私の心は嫉妬で揺れ動いた。それは生まれてこのかた、一度だって経験したことのない不思議な感情だった。
私はいつだって憧れられる存在だった、自ら女を好きになり、ましてや嫉妬するなど思いもよらないことだった。そんな私が、なぜそんなバクチ好きの女に拘ってしまうのか、全くわからなかった。
私は言った。
「アーニャ、まだやるのかい?」
「勝負はこれからよ! あなたも見てるだけじゃ面白くないでしょ! 勝負したらいいのに」
アーニャは私の方を振り向きもせず、ぶっきらぼうに答えた。アーニャの言葉に続き、ルドルフ少尉が笑いながら言った。
「そうですよ! ここの親は弱いですから狙い目ですよ」
ディーラーの男が、両手を上に挙げておどけてみせた。彼が手札をめくり、アーニャが叫んだ。
「ほら! また二人とも勝ちよ! つきだしたら、本当にこんなものなんだわ!!」
私の心は揺れ動いていた。既に頭の中は嫉妬で狂い、愚かな考えで満たされ始めていたのだ。
――もし私が今この席を立ったら、果たしてアーニャはあのホテルへ戻ってくるだろうか? このまま賭け続け、この少尉と一夜を過ごす可能性だって有るのだ。そうすれば、明日の午後馬車に乗せてスタヴォロポリに連れ帰ることなど、おそらくできはしまい――
――それならば、ここは一緒にカジノで過ごした方が得策ではないか? そうだ、勝負は必ず負けるとは限ってはいない! 勿論勝てることだってあるのだ! しかも俺はさっき、ちゃんと止め時を考えて一儲けしたではないか! 手許には先程勝った一三万ルーブルもの金が有る……。たとえこれが無くなっても、私はびた一文損をすることはないのだ――
私は言った。
「それではルドルフ少尉、私もひと勝負するとしましょう」
そして私はボーイを呼び、ルーブル札を掴み出して言った。
「これを替えてきてくれ、それとウオッカを三杯だ!」
こうして、私は五つ目の過ちを犯した。そう! 私は知らなかったのだ。甘すぎる果実には毒が溢れているということを――。

次へ

戻る

朝の告白 その14

それからの勝負、私はことごとく負け続けた。一三万ルーブルという金は、一時間足らずで消えうせた。そして、ルドルフ少尉の目の前にはおびただしい数のチップが積み上げられていた。あの時の彼は四十万ルーブルくらい、勝っていただろう。少尉の顔は紅潮していた。あまりの調子よさに興奮していたのだ。
少尉が笑いながら言った。
「アーニャ! 今日は何でもご馳走してやろう! イワンさんもどうぞ。こんな日くらいご馳走しないとバチが当たるってもんです」
私は、金をチップに交換し勝負し続けた。それまでに負けた金は三〇万ルーブルに達していた。浮かぬ表情の私を見て、ルドルフ少尉が少し気の毒そうな顔で言った。
「イワンさん、まあこんな日もありますよ。私だって今日は最初、からっきし駄目だったんですからね。でもこの通り、つき始めたらこっちのもんですよ」
その時の私に誰が何を話しかけても、おそらく無駄だったろう! 私は頭に血が上っており、何を話されても受け入れることなどできなかったに違いない。そう! 私は頭の中で、こう考え続けていたのだ。
――この負けを一体どうやって取り戻したものか?――と、そのことばかり考えていたのだ。
私の負けがまさに四十万ルーブルを超えようとする頃、軍人が立ち上がり、そして言った。
「それではイワンさん、私はそろそろこの辺で失礼いたします。明日にはまたブカレストに発たねばなりませんのでね。ご幸運をお祈りしますよ。それとアーニャ、たまには顔を見せておくれ、待っているよ……」
軍人はそう言うとカジノを去っていった。アーニャが言った。
「私たちも帰りましょうか? あなたも調子が悪いことだし……」
私は驚き、そして愕然とした。
――冗談じゃない! ここまで付き合ってやったではないか! そのせいで、私は四十万ルーブルもの大金を失ってしまったのだ――
私はアーニャに食って掛かった。
「アーニャ、私は四十万ルーブルも負けているのだよ! このまま帰れというのかい?」
アーニャが言った。
「駄目な時は駄目なものよ。それに、今日はもうここも終わりだわ」
私は呆然とした。
――これだけの金を失った結末がこれか? 行くことを止めた時に私の言うことを聞かずにいたこの女が、今こんなことを言って逆に私を諭すのか――

カジノの中では既に他の客たちが引き上げ始め、残った客はこのテーブルの我々だけとなっていた。ディーラーの男が頭を下げて言った。
「旦那様、そろそろ終わらせていただいてよろしいでしょうか?」
私は吐き出すように言った。
「これだけ負けた客に、もう帰れと君は言うのかね?」
アーニャが言った。
「あなた……、夜にまた来れば良いのよ。一休みしてから出直すのよ、そうすればまた勝てるわ」
私はアーニャの言葉を聞いて身震いした。
――夜にまた――だと? とんでもない! 昼過ぎになれば、迎えの馬車がやって来るのだ。また馬車を引き返させることなど、到底出来ない! そうだ! そんなことなど絶対に許される筈がない――
しかしその一方で、私はこの甘い言葉に惹かれていた。失った金を取り戻してから帰るのが、一番好ましいことだと考えたのさ。そしてこうも考えた。 
――しかし、またカジノで勝負するためにはもう一夜をここで過ごさねばならない。何といえども、昼過ぎにはもう次の馬車がやって来るのだ。一体、どうしたものか――
私とアーニャがカジノを後にした時には、もう朝日が眩しく輝いていた。私たちはアーニャのホテルに戻ると、そのままベッドに倒れこんだ。アーニャが言った。
「あんた、あたいが欲しくないの? その為にああやって付き合ってくれたんでしょ?」
私は頭を抱えたままで言った。
「私は、四十万ルーブルもの金を失ったんだ。お前にわかるか? 四十万ルーブルといえば、農場の小作全員に払わせる一ヶ月分の地代の合計と同じだ。これだけの金を、私はほんの数時間で摩ってしまったんだ……」
アーニャが言った。
「勝負は時の運さ! そりゃ負けることだってあるわ、でも…」
それからアーニャは、私の首に腕を巻きつけながら言った。
「勝てることだってあるのよ。イワンさん、もう一晩あたいに付き合いなよ。そして取り戻すのさ!」
私はアーニャを抱きしめ、唇を合わせた。そして狂おしくアーニャを抱きながら、馬車が来たらどうすべきかを考え、思い悩んでいたのだ――。

次へ

戻る

朝の告白 その15

私たちは抱き合いながら、ベッドの中で眠り続けていた。疲れ果てていた。前の晩は一睡もしていなかったからね。すると突然、部屋のドアがノックされた。
「イワン・オフロフスキーさま、玄関にお迎えの馬車が参っております」
ボーイはそうドアの前で告げると立ち去った。スタヴォロポリから迎えの馬車が到着したのだ。私は急いで着替え、馬車の元へ向かった。召使のマスラクが私を笑顔で迎えた。
「旦那様、ご無事で何よりです。奥様も少し心配のご様子でしたよ。何かお困りなことでも有りましょうか?」 
マスラクは一番年長の召使で、ドゥエル同様、真面目で口が堅く信頼できる男だった。 私は彼に言った。
「マスラク、聞いて欲しい。少し仕事に手間取っている。そのあたりの事をリザにうまく伝えて欲しいんだ……」
「よほどお困りですか? 何か私でできることが有ればおっしゃってくださいまし」
「しばらくの間、どこかで待っていてくれないか。今日この馬車で帰れるかどうか、まだわからんのだ。それと、私の身の回りの物は持ってきてくれただろうね?」
マスラクが答えた。
「はい、だんな様! それと、奥様からこれを託ってまいりました」
マスラクはそういうと、私に分厚い紙包みを手渡した。私は召使と別れると、それを開いた。その中には百万ルーブルの札束とリザからの手紙が入っていた。

愛するあなた

あなたの物一式をマスラクに託けます。
その他に、当面の路銀(注二一)として、
百万ルーブル入れておきました。

仕事で必要なこともあるでしょうから……。

それと、農場は変わりありません。
全てうまくいってるわ、子供たちも元気よ。

心配いらないから、仕事に勤しんでください。

リザ

その手紙を読んで、私の心は揺れ動いた。あの時は確かに、リザにすまないことをしたと感じていたのだ。しかしなんという事だったろう! 咄嗟に身を包んだのは得も言われぬ安堵感だった。
――ちょうど乏しくなってきた路銀に、この百万ルーブルは実に助かる。これだけの金を持って今夜勝負すれば、きっと今度は勝てるに違いない――
あの時の私は、そう思ったというわけさ。
――どちらみち、今日馬車を出すとすれば昼一番くらいにはここを発たねばならない。そのことを考えれば、今日一晩を過ごし明日の朝一番で帰っても良いのだ――
馬鹿げたことだが、私は自分に対して都合よく言い訳した。あの時から、既に私は狂っていたといえるだろう。
それから私が部屋に戻ると、アーニャは既に目を覚ましていた。アーニャが、ベッドの中から眠そうな声で言った。
「どうしたの?」
「迎えの馬車が来たんだ」
突然、アーニャはベッドから起き上がり言った。
「あたしたち、もう帰らなきゃいけないの!? あたい……、もう少し、あなたとこうしていたいわ」
私は言った。
「今夜もう一晩は、ここに留まる事にしよう。ただし、明日の朝ここを引き払う。わかってくれるね?」
アーニャがはしゃいだ。
「嬉しいわ! もう一日ここで過ごせるなんて! でも今日一日だけね。こんな生活も……。明日からは、またあの男の下で炊事に洗濯、そして赤ん坊にミルクをやってさ……」
そしてアーニャは、肩を落としてこう呟いた。
「それに、あんな男に毎晩抱かれなきゃならない」
アーニャの頬を一筋の涙が流れ落ちた。私は何か言おうとしたが、言葉にならなかった。
突然、アーニャが自分の乳房をつかみ出した。そして、自分の手でそれを扱き始めた。 乳白色の乳が、音を立てて床に滴り落ちた。
「好きでもない男の赤ん坊を、あたいは産んだのさ。確かにあの時、あたいを助けてくれたのはあの男さ! 自分の好きな男の赤ん坊なら、片時だって傍を離れずおっぱいだって飲ませるだろう……」
「でも、助けられたとはいえ、あたいはあの男の言いなりだったんだよ! 決して自由になんかならかったのよ!」
アーニャはそう言うと、ベッドに突っ伏し嗚咽し始めた。私はアーニャの肩を抱き、こう言った。
「アーニャ、もう少し眠った方がいい。 お前は疲れているんだ」
アーニャが言った。
「イワンさん、お乳が張って痛いの! 吸って下さる?」
私はアーニャの乳房を吸い続けた。不思議な味がした、今までに経験したことのない気持ちだった。そしてその時、私は感じたのだ。そう!
――私はこれからずっと、この女と一緒に暮らしていくのかもしれない――と、ふとそんな気がしたのだ。 
アーニャが涙に咽びながら言った。
「あなた……、あたいを離さないで」

次へ

戻る
@ タカビーにメールする
pen

♡ギャンブル依存症克服への道
バナー2
♡ギャンブル依存症克服の掲示板
29852898_906397819c_m
QRコード
QRコード
livedoor プロフィール
  • ライブドアブログ